2003年01月31日

よくある日常

20030131.jpg美味しそうなカップヌードル 大阪は福島駅前にて撮影(2003年1月16日)


今日は特に会議なども無いので、比較的ゆっくりと大学に出てくることができた。とはいうものの、色々な書類とかが小山のように貯まっているので(溜まっている?)、ちょこちょこと片づけていく。

その合間を縫って本などを読む。今日は『無限を求めて』(M.C.エッシャー著・坂根厳夫訳)を読んだ。まだ読破は出来ていないが、想像力を大いにかき立てられた。

僕は中学生の頃にエッシャーの作品を観て、かなりの衝撃を受けた。美術の時間などはエッシャー風の作品を創ったりしていたが、実際に自分で描いてみると、本物のエッシャーの作品の計算され尽くされた美しさの足下にも及ばないことを痛感する。

この書物はエッシャー自身が自分の作品を解説し、分析しているという興味深いものだ。

エッシャーというと「だまし絵」として知られているのだが、初期の作品には風景描写的な木版画も多くみられるし、空間充填(つまり平面分割のこと)の作品も数多くある。

このごろ惹かれているのは、その空間充填の作品群だ。

また書き記したいことが出来たら、ここに書くことにしよう。

明日は試験監督。せいいっぱい監督するつもり。

■閑話休題
大阪で見かけたカップヌードルの野外看板。湯気の感じが面白い。意図的に設計されているとしたら、かなりのおもしろさだと思った。

直接的な表現ではなく、間接的な表現が、より効果的な場合もあることの例。

2003年01月30日

50円のトランシーバー

20030127.jpg子供の頃に通っていたおもちゃ屋 すでに閉店していた


今日は来客が多く、会議などもあり、結構あわただしい一日であった。

注文依頼しておいた研究図書が数冊届く。興味深いものがたくさん。明日は会議も無いのでじっくりと読書の時間にすることにしよう。

■閑話休題
「だるまや玩具店」というお店は忘れられない想い出のある店だ。今年の始めに帰省したときに訪ねてみた。


僕は幼稚園ぐらいの時にお小遣いをもらいはじめた。今でも鮮明に記憶に残っているが、「お金を持つ」ということは、まるで羽を得たような気持ちだった。

お金を払ってガムを買うことができる、お金を払ってラムネを買うことができる。

おのずと行動範囲も拡がり、いろんなお店にも行くことができる。本当に「10円玉を握りしめて」いろんな駄菓子屋さんを巡るのが日常だった。


どういう機会だったか忘れたが、1000円ほどお金をもらったことがあった。天文学的な大金だった。いろんなお店を周り、いろんな物を食べ、いろんな物を買った。「ゼータク」な気持ちに満ちあふれた。

しかし、お金はみるみる少なくなった。確か残り50円ぐらいだったと思う。

当時一番ほしかったのが「トランシーバー」。僕は買い物で気持ちが高揚しているまま、だるまや玩具店に向った。店の奥に展示されているトランシーバー。子供の目線よりもずっと上の方に大事に展示されている。

僕はその箱を指さし、トランシーバーがほしいというジェスチャーをした。お店のおじさんは少し不思議そうな顔を見せたものの、トランシーバーを取り出してくれた。

「ボク、お金はいくらある?」

笑顔で質問されたが、何となく怖くなってきた僕はサイフの口を開け、無言で突き出した。店のおじさんは優しい笑顔で、ゆっくりと

「あんなー、ボク。これはな、紙のお金で何枚かするもんやねん。せやから、ちょっと足りへんねや。またお金ためて来てな。待ってるで。」

と、言ってくれた。

なんだか恥ずかしいやら、申し訳ないやら、悲しいやら、照れくさいやら、色々な思いを胸に家路に着いた。


あれから25年経った。もうそのお店は二度と開かないだろう。そんなことをふと思った。

2003年01月29日

とある打ち合わせ。自分なりの考えを述べたが、反応はイマイチ。他の人の考えで自分としては「?」だらけの案の反応が良かったりする。

つまるところ、自分の考えがどうも響いていないようだ。

こういうとき、研究者としてどうすれば良いのか?
# 選択肢1) そういう考え方もあるのだなぁと思って、妥協する
# 選択肢2) どうしても自分の考えを捨てられないので、さらにがんばる。

今までの僕なら、選択肢1を選び続けてきた。しかしもう30を超えたので、自分にウソは付きたくない。だから選択肢2を選ぶ。

「柔軟性がない!」「頭が固くなってる」と批判する方もいるだろうが、自分の信念を曲げることは絶対にやりたくない。

例え自分の立場が危なくなってもいたしかたないか。

研究活動というのは、む、難しい。

■閑話休題(1)
実のところ、今の自分は研究者集団の中には加わっていません(海外の学会には所属していますが)。この理由も同じようなものなのです。

これでいいのかと焦ってはいるのだけれど、今のメインストリーム、例えばe-learningとかe-ビジネスとかユビキタス等々、にあまり興味は持っていません。数年前だと興味はあったのだけど、今はもうあまり面白いとも思えないのです。(生意気言って本当にすいません)

今、僕の興味はまた新しいところにあります。それはメインストリームでも何でもありません。だから注目もあびません。少し寂しい気持ちもありますし、もどかしい気持ちも無きしもあらずですが。

■閑話休題(2)
福岡、すさまじい風が吹いていて、雪が舞っています。

人間、横からの雪には弱い。

20030129.jpg
福岡の雪
佐野研カメラより

2003年01月22日

ヒマなはずなのに忙しい

20030122.jpgツララ近影

すでに後期の授業も終わり、成績も付けた。あとは試験監督だけなのだが、なんやかんやと忙しい日々が続いている。

今日も午前中は新聞社やテレビ局を訪問。大学に戻る途中に「だるま」というお店の美味しい天ぷら定食を食べた。

大学に戻り、『フォレスト・ガンプ』を流しながら、ひたすら事務的作業を行う。あっという間に時間が飛び去っていく。とはいうものの、不思議な充実感に満たされる。

よし、明日もがんばろうという気になる。

質問を頂いている方には申し訳ないが、お返事はもう少しお待ち下さい。すいません。

■閑話休題
今日の写真はお正月に奥さんの実家に行ったときに撮影したモノ。こんなに立派な「マンガで見るような」ツララは初めてだった。

何本か手折ってみた。切り口の光が忘れられない。

2003年01月21日

イカ大根

20030121.jpg選挙マスコットの「センキョン」
大阪は天王寺にて撮影


今日のお弁当にイカ大根が入っていた。大根がとても美味しかった。予想外、というと大根に失礼なのだが、不意打ちのおいしさを感じさせてくれた。

やるじゃないか。大根。

■閑話休題
今日掲載したのは、密かにコレクションしている「ユルいキャラクター」

国体とかキャンペーンとか、ごく短い期間のイベントのためだけに作成され、すぐに消えていく。そんな悲劇のキャラクターをこれからも紹介していきたい。

今日は「センキョン」。ある大物芸能人を彷彿させるネーミングといい、デザインといい、趣深い。

2003年01月20日

仕事始め&納車

今日から本格的に仕事を再開しました。佐野研はいつものように大勢の学生さんでにぎやかになり、新しい年の始まりを感じます。

普段書物ばかり読んでいると、このような「現場」を忘れがちです。とあるドラマのセリフに似ていますが「知は現場で作られている」のです。

初心を忘れずに、本年も色々とがんばります。何卒宜しくお願いいたします。


■閑話休題
さて、私事ですが本日は納車の日でした。

自分のお金で買った初めてのクルマに乗るので、手放しで喜べるのかな?と自分自身は思っていましたが、実はそうではありませんでした。

うきうきする気持ち半分、車両感覚になれていないのでドキドキする気持ち半分の、ちょっと複雑な気持ちでした。

小雨の降る夜を運転し、無事ガレージに駐車できた後は、いいようの無い脱力感でいっぱいでした。こんなに疲れるとは思わなかったです。

早く車両感覚に慣れ、適度な緊張で運転できるように練習したいと思います。