2004年01月31日
家庭菜園
家庭菜園を作ることになり、下準備。
レンガなどを山のように仕入れに行く。
明日は庭を耕し、レンガを積む。
セメントのことについて勉強しておかないといけない。
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- by Akira
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2004年01月31日
家庭菜園を作ることになり、下準備。
レンガなどを山のように仕入れに行く。
明日は庭を耕し、レンガを積む。
セメントのことについて勉強しておかないといけない。
2004年01月30日
9時過ぎ出勤
書類を何枚か書く。入試の監督日程が決定。
学部のHPを修正、追加。
Mac形式のMOを読むのに手間取る。
学生から誕生日プレゼントで「カニクリームコロッケ」と「10円ガム詰め合わせ」と「M&Mチョコレート」をもらう。観劇!じゃなくて、感激!
夜、桃太郎電鉄を奥さんとやる。僅差で勝つ。なんだか悪いような気分。
2004年01月29日

バイクについて考えてみた(いつものことながら唐突)。
ピザの宅配などで使われているバイクで、タイヤが3つあるものがある。この車両のことを「三輪バイク」などと呼んでいる。
いや、ちょっと待てよ。バイクとはBicycleの意味だ……。と言うことは「二輪」という意味だ。
つまり「三輪バイク」とは「三輪二輪」ということになる。
なんだそりゃ。
■閑話休題
大昔のデジカメデータをあさっていたら、面白いデータが出てきた。
2000/10/23 6:35:59(日本時間)にニューヨークのチャイナタウン近辺で撮影したもの。
どうみてもスヌーピーそっくりなキャラクターのパーカーだが、キャプションがイカしてた。
「このおもちゃは、」
後に何が続くのか、ツッコミどころ満載の後姿だ。
大学をより良い方向に変えていかないといけない。
どうやったら変わっていくのだろう?
ディスコミュニケーションの嵐。どうやれば払拭できるのか?
何よりも学生のことを考えていかねば。
2004年01月28日
ふと思ったことだが、海外のアニメーション映画で、「あの○○が声優を担当!」という売り文句がある。
最近では日本でもこういう売り文句を目にするようになった。
これで「見に行きたい!」と思う人っているのかなぁ?
あと「エンディングテーマを○○が歌う!」というのもそんなに訴求力のあることなのだろうか?
単に僕がひねくれているだけなのかもしれないけど。
2004年01月27日
ケータイにふさわしくない待ち受け画像の待ち(以下略)
してきました。東京に。
色々なセミナーに行ったり、作品展を見たり、かつて住んでいた所を訪問したり、かなり有意義に過ごすことができました。
ちょっと来ない間に東京ってすごく変化していました。このように変化し続けることが東京の特性なのでしょう。
ただ、人は昔のままでちょっとほっとしました。うれしかったです。
ふと思ったのですが
「人が変わらないのに、街が急激に変化している。」
よーく考えてみると、うすら怖いことですね。この先どうなってしまうのでしょうか。
杞憂であることを祈ります。
■閑話休題
以前「ケータイの待ち受け画像にふさわしくない待ち受け画像」というのを日記で書いたことがあったが、今日は「ケータイにふさわしくない待ち受け画像の待ち受け画像の待ち受け画像」を掲載してみた。
本当はさらに数回やってみたが、もう何がなんだかわからなくなったのでやめた。
2004年01月26日
東京出張の報告書書き上げた
関西大学非常勤の書類、書き上げる。夜シラバスの入力する。こりゃ便利でいいわ。
明日の出張に備えて、iPodに曲を入れ込む。今回はクラシックが多くなっている。なんだかクラシックのよさがわかってきたような気がする。
夜に書斎でリサーチ。ぼくのやろうとしている方向性は間違っていないと思う。ただ、時間が足りない。もっと時間がほしい。
おうちでのごはんはやはり良い。
2004年01月21日
先日からドリフのDVDがヘビーローテーションになっているが、その影響からか、いかりや長介著『だめだこりゃ---いかりや長介自伝』を読み返してみた。
いかりや氏(以下「長さん」)は淡々と自分そして自分たちの辿ってきた道について書いているが、その中で各メンバーについて触れているところがあった。
荒井注が脱退するときの話。人気絶頂のなのに何故脱退するのか?長さんが何度も説得したが、そのたびに「疲れたからやめる」「遊びたいからやめる」「忙しいからやめる」「人生には仕事よりもっと大切なことがある」と答えたらしい。
荒井注は文学にも熱心だったらしく、ドリフに入る前に大学に入って勉強しなおしたという逸話もある。だからこそ、このような視点があったのではないかと、長さんは書いている。
この荒井注の発言は僕にとってかなりの衝撃を与えた。
一般的には「仕事というのは努力してこそ道が開けてくる部分もあるだろう。あきらめてはいけない、継続は力なりだ。……」と、当たり障りなくお茶を濁すだろうが、僕が思うには、何か、大げさに言うと「人間らしく生きる」いや、「自分らしく生きる」ことを投げかけているように思った。
これ以上深く分析するとややこしくなるので、ここでひとまず終わる。
■閑話休題
最近Webを見ていて思うことなのだが、安易なFLASHというのは、マヨネーズみたいなもんだと思う。イントロのFLASHとか、いい加減飽きてきた。動くことに感動を覚えなくなって久しい。
感動や共感はもっと別の部分にあるのだろうに。小手先の調味料だけで味をごまかしてる料理のようなサイトが多くなってきたようにも思える。これは単に「慣れ」の問題なのかな?
■閑話休題2
僕の住んでいる福間町のサイトがあるが、サイト上から町長に意見を送ることができる。先日「街灯を増やしてください」という意見を送ったところ、本日役場の担当者の方からちゃんとした回答を電話でいただいた。いろいろ調べて下さって、資料も送って頂けるとのこと。
まさか回答を頂けるとは思っていなかったので、恐縮してしまった。と同時に、丁寧な真摯な態度に感動し、非常に清清しい気持ちになった。
このような感動こそが、人や地域を動かしていくのだろうと思った。
エモーショナルな部分なくして人の心は動かない。数字を追いかけるだけの政治ではなく、もっと日常の基本的な部分を見直してみることも大事なのだと、今回のことで考えた。
■閑話休題3
組織というのは大きければいいというもんでもない。ほどよい大きさというのもあるだろう。
ひとつの仕事をプロジェクトとして行うときの最少人数は5人ぐらいではないかという話を、Tさんから聞いた。男女比率は男2:女性3。詳しい内容は省略するが、腑に落ちた話だった。
2004年01月20日
気持ちよさそうなディスプレイ
近所のスーパーに出かけたら、布団売り場にこんなディスプレイがあった。ちなみにこのクマは僕と同じぐらいの大きさ。
こういう洒落っ気が好き。
2004年01月18日
平成16年1月18日をもって以下の通り発令する
佐野彰
(旧) (新)
30歳 → 31歳
なお、この異動は即日適用される。
以上
■閑話休題
誕生日プレゼントにもらいましたが、はっきりいっておもしろいです。子供のころに見て以来、20年ぶりぐらいですが、今の視点から見ると新たな発見がいくつもあります。
このDVD、かなり売れているそうです。「毎週・公開生放送でコントをやっていた」「打ち合わせに膨大な時間を使っていた」という、いかにもマニア的なコメントで評価されていますが、そういうことは全て横に置いといて、純粋に「バラエティ」として観るのが一番正しいドリフの鑑賞方法だと思います。
きっと彼ら(ドリフターズ)は舞台裏の苦労を評価してほしいのではなく、純粋に大勢の人に笑いを届けてあげたい気持ちがあるのだと思います。確かに彼らの職人魂は評価せずにはいられませんが、それよりも何よりも、観て楽しく笑うことが大事だと思います。
個人的には「坂道コント」「小学校コント」も観てみたいので、続編の発売を希望します。
2004年01月16日
実家の近所のレンガ塀 2003年1月6日撮影
前職を退職した後、研究したり論文を書いたりすることはほとんどなかった。
院生のころの研究テーマを継続させても良かったのだが、自分が天邪鬼なのか飽きっぽいのか「みんながやることはやらない」という性格から、その選択肢は即効消えた。
「みんながまだやっていないこと」をやるためには、今までの経歴を全リセットして新しく何かをしなくてはいけない。まさに「自縄自縛」そのものだが、ようやく最近になって新しい研究テーマが見えてきた。答えは単純で、素直に「一番興味があること」でいくことにした。
まだ日本では深く研究されていないテーマなので、なんだか面白そう。新しいジグソーパズルを手に入れたときのようなワクワク感がある。
2004年01月15日
「スローライフ」という言葉を改めて知った。大昔に一度だけ字面を見たことはあったのだが、つい最近、この内容が腑に落ちた瞬間があった。
この言葉のイメージとして、山村にこもって自給自足の生活をすることとか、インスタント食品を一切摂取しない生活がスローライフと思われがちかだろう。
しかし、そういうことだけがスローライフと言うわけでもないようで、都市に暮らしながらでもスローライフは存在すると思う。
ひょっとしたら、自分に素直な生き方を無理なく送ることが「スローライフ」のひとつなのかもしれない、とふと感じた。
大多数でなくても全然構わないのでは?とも思う。
2004年01月14日
ガチャピンの勇姿を収録したDVDが発売された。うー、どうしても欲しい!給料日までがまんしよう。
Googleで「ガチャピン」と「すごい」で検索してみた。ガバチョと検索結果が表示される。やはりみんな考えるところは同じか……。しかしこれほど賞賛されている生き物(?)も珍しい。
ムックの心境やいかに。
2004年01月10日
パーラー喫茶「ドレミ」
最近なんとなく思うのが、今までの自分の考えとか目標というのが、実は小さい範囲でのことだったのではないかと思うようになった。
それ自体は悪くはないと思うんだけど、もっと大きなレイヤーでのものの考え方が必要なのかなと思った。
たとえばPhotoshopという画像編集ソフトがあるが、これを例にあげてみる。
#(1)Photoshopの使い方を覚える
というのは表現の本質ではないと考えている。それはオペレートであって、表現という活動ではないと思う。そこで授業では
#(2)自分の表現の幅を広げるためにPhotoshopを活用する方法。および疑問などを自分で調べ解決する方法
について教えている。これもまんざら間違いではないし、現在の現実的な状況から考えてみると、妥協ポイントに限りなく近いのかと思う。
しかし、研究者として考えるならば、その上のレイヤーにある
#(3)Photoshopに足りないものは何か、そもそもコンピュータで画像を編集することのメリットの原点を見つめなおし、それを拡張することを再度考えてみる、もしくはツールや環境を開発したりすること
という部分に重きを置いてみたい。実際はなかなかそこまでは授業ではできないのだが、こういうことを考えていったほうが面白いと思う。
(この上にさらに「コンピュータで表現することそのもの」についての考え事があるが、具象的なレベルではないので、ここでは省きます)
これはインターネットやコンピュータを「ビジネスツール」や「経済発展の特効薬」と過信していることへのアンチテーゼにも思える。
コンピュータは「ソフトを使うこと」がメインになってきているのかもしれない。確かに多くの人に表現の可能性や利便性などを提供したことは否めないだろう。
しかし、手放しで賞賛するわけにはいかない。大昔にBASICとかでプログラムを作って動かしていくという、コンピュータを人間が操作していくというスタイルが、一部の専門家以外にとっては風前の灯のようになってきている。
本当はコンピュータはもっと可能性のあるものであり、ブラックボックスにして歴史の流れの中で密かに葬ってしまうには、あまりにも勿体無い。
一度勇気を持って立ち止まり、コンピュータやそれらの巻き込まれている環境などを見つめなおし、ダメなものはダメと勇気を持って言うことが必要なのだろう。
LEGOマインドストームしかり、アラン・ケイのスクイーズしかり、そういう「環境」を作り出すことを考えていくことが今面白いのではないかと個人的には思っている。
……なんて堅いことを書いてしまったが、明治から昭和にかけての日本文学界の○○派みたいな、表現運動というのもこういう感じだったのだろうかと考えてみると、そこはかとなく楽しい。
■閑話休題
本当は今日の日記はもっとおちゃらけたものにするはずだった。「夕飯の鍋のカワハギがぷりぷりしていておいしかった」とかそういう他愛のない話だったのに。
今日の写真はおととしの写真(よく考えると変な文章)。通天閣の付近で撮った喫茶店の写真。こういう手書きのロゴが失われてくる街というのは、「ビタミン剤だけで栄養を摂っている食事」のように味気ない気がする。僕はそういうのはちょっと苦手だ。
2004年01月09日
しまった、『8時だヨ!全員集合』のDVD-BOXを注文し忘れた!
初回版は、あの「はっぴ」付きらしいが、もうほとんど売り切れてるらしい。残念……。
2004年01月08日
2004年のおせち
8時半に大学に行き、書類を片付け、明日の会議の準備をした。(日記終わり)
もはや日記というよりも、日々思っていることを書いてるだけのような気もしてきたが、ま、それはそれとして、日記に載っている写真の話。
デジカメを持ち歩くようになってから、日々写真を撮るようになった。そのため現在では写真のストックが5000枚ほどあるのではないだろうか。
というわけで、今日も「今日と関係ない写真」を掲載してみた。
お正月のおせち料理。うちの奥さんが完全手作りに挑み見事成し遂げた。料理に疎い僕にはよくわからないが、テニスでいうとグランドスラム、ドミノ倒しで行くと15万3045個ぐらいの感じだろう。そういうことにしておこう。
いつものように、かなりおいしかった。
その栄光をたたえ、ここに写真を掲載しようと思う。
■閑話休題
最近オーディオプレーヤーをiTunes(Windows版)にした。「ビジュアライザ」といって音楽にあわせて映像が変化していく機能がついているが、この美しさに最近ハマってます。PCの処理速度が速くなったので、フルスクリーンにしても30fps以上のスピードで画面描画が行われます。30fpsを超える映像というのはPCの画面上、もしくはごく一部の映画館でしか見られない光景ですが、久しぶりにワクワクする映像だなと感じています。
iTunes http://www.apple.co.jp/itunes/
(追記)おせちは正確には「かまぼこ」「伊達巻き」「黒豆」は市販品デス……とのこと。
2004年01月07日

道端でこんな花を見つけた。多分スミレだと思うのだが、30年近く生きてきて花の名前もろくに知らないことに恥ずかしく思った。
学問的なことだけではなく、日常をちゃんと生きる力を育てないといけないね。
■閑話休題
ちなみにこの写真はCanonのEOS Kiss Digitalで撮影した。背景のボケ具合がいい感じ。さすが大型CMOSセンサ。
といいたいところだが、日記用に縮小したりすると普通の写真(笑)
2004年01月06日
とある本屋さんにて。味のある文字です
今日待ちに待った新PCがおうちに来た。
今まで家ではサブノートを使っていた。メールチェックとか原稿書きだと何の問題もないのだけれど、プログラミングとかの研究開発になるとちょっと大変だった。
これでようやく自分のアイデアを形にすることができるようになった。
うれしいので日記に記しておこう。
■閑話休題
新しいPCにデータを移していて思ったのだが、ユビキタスというキーワードをデータの側から見ると面白い。データそのものの場所は逆に固定されるのではないだろうか。
2004年01月04日
最近「散歩」が楽しくなってきました。
特にこれといった理由もなく、気の向くままに歩くのです。時間は大体1時間ぐらいと決めていますが、本当に適当です。
別の言葉でいうならば「歩くドライブ」といったような感じです。
もともとは増加する体重を減らそうという、溶岩に水をかけるがごとくのささやかな抵抗から始めたことなのですが、けっこう歩くこと自体が楽しくなってきました。
昨年末に福岡県のFというところに越しましたが、住宅街から10分ぐらい歩くと、雑木林とか畑とかそういうところに出ます。今日も樹齢800年のイチョウ(があるという案内板)とか小さな山の上にある公園とか、そんなところをウロウロしてきましたが、結構これが楽しいのです。
自転車を買ってもらったばかりのころの気持ちに似ています。
どこまででも行ける(実際はムリですが)、色々なところがつながっている楽しさを久しぶりに味わった気がします。
何だかこういう日常ってのが面白いですね。「ハレ」ばかりではなく「ケ」も見つめなおしてみると、きっと趣き深いはずです。
■閑話休題
先日ドラマの『ブラックジャックによろしく』を観ましたが、妻夫木聡さんが結婚した場合、その夫婦を指す一般名称は「妻夫木夫妻」になるのでしょうか。ふと気になりました。
昔土曜日の夜に「マジカル頭脳パワー」という番組で坂東英二が司会をしていましたが、そのスグ後の「世界ふしぎ発見」で解答者になっていました(しかも野々村真と競り合ってたりしてました)。このギャップを楽しんでいたことを思い出しました。
クイズダービーで解答者席に大橋巨泉が座るようなもんです。これは。
2004年01月01日
本年も宜しくお願い申し上げます。
皆様にとってよい一年となりますようにお祈り申し上げます。
■閑話休題
大学に職を移し3年目に突入するわけですが、物事の見方が変わってきたなと最近ふと思うときがあります。
以前の職場ではかなり専門的なことを深く突っ込んでやってきたのですが、近頃はものを多面的に見るクセがついてしまい、専門的でありながらも総合的な考え方になってきたような気がします(研究者としては、あまりよろしくないのでしょうが)。
最近よく考えることが「『どう見えるか』ばかり考えて生きるのもどうしたもんか」ということです。つまり、他者からの評価を唯一第一のものにしているということです。
(最近文章を書かなくなったせいか、どうも文のキレが悪いのですが)伝えたいことを伝えるという、その行為そのものにも目をむけ、なおかつ自分が素直に思うこと、そのものを大事にするということです。
少なくとも僕自身が、なんだか「求められている佐野像」にあわせているような気がしています。もうそういうのはやめます。自分の中にある立地点から発言しようと思います。
世の中には様々な価値基準が存在しています。それはそれで良いのです。ただ、そのうちのごく一部のみを絶対的なものとして扱うような、例えるなら「思想ファシズム」そういう風潮があるような気がするのです。
例えば、東京に対する嫉妬心ではありませんが、新しい名所を作り上げ、ショッピングが楽しめる場所をいっぱい作り、有名人のエトセトラを配置することが人間の求めている幸せとは思えません。マスコミとかで大騒ぎするほど、そんなに凄いことなのでしょうか?全国ネットで多くの時間を割いてまで報道するようなことなんでしょうか?
きっと、子供が遊べる路地がある住宅地とか、サンマを庭で焼いても苦情がこない町とかを欲している人たちもいるはずだと思います。
なんだかアヴァロンパラドックスの塊みたいな町が増えていくことについて、果てしない危惧感を覚えます。
それが町という実態を伴ったものだけではなく、考え方やモードといったものにも及んできていることが気にかかります。
「考える力、生きる力、伝える力」この3つの力を鍛えていこうと思います。