現実との妥協 / ラードについて

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今日は細かな用事を色々と片づけた。お昼は餃子とラーメン。GR DIGITALの描画力に改めて陶酔。
その他、色々なことを考えた。
物理的にモノが存在していることのすごさを人間は忘れているのではないかと思う。
夢を持とうとよく言うが、心底では「でも無理だろうな」と思っている自分がいる。本当の夢とはそれを乗り越えた時点で語れるものなのではないかと思う。今の世の中は夢が無いのではない。現実の前に簡単に妥協しているだけにすぎないのではないだろうか。実感を伴って言葉を感じるべきだ。……以上、自分に対しての箴言として。
実感して得た知識は僅かであるが、死ぬまで忘れないだろう。それ以外の知識は本当に知識と言えるのであろうか。分かったつもりのことが多いのだろうと思う。いや、知らないことはもっと茫洋たる広がりを持っているだろう。そのことを歓迎を持って受け入れるべきなのだ。
40までに夢は実現させたい。現時点で乗り越える壁は3つ。腐らないようにしよう。
■閑話休題
先日うちの奥さんと電車の中で「ラード」について語り合った。以下その時のメモ。
・ラード製造工場の人は、毎日ラードの味や品質のチェックをしているんだろうなと思った。
・業界内でのシェア争いや技術開発について「月刊ラード業界」のような専門紙があるのかな
・ラードを用いた製品で「ラードソーダ」とか「ラードケーキ」とか「ラードシャーベット」はイヤだな。
・ラード業界での過去30年の革命的な出来事は何だろう?
色々と分からないことがあるけれども、ただ一つ分かったことは、少なくとも僕ら二人はその時点で世界中で一番「ラード」を語っていた夫婦だということ。

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